「おかえり」
そう言ったのは、僕につきまとってここまで連れてきたあの亡霊の男ではなく、全く見知らぬ男だった。
小柄だがやけにがっしりした体格で、二束の榊を抱えている。上から下まで黒づくめの服を着込んでいた。
後ろにいた庄司が先輩、とつぶやいた。呼ばれた男はゆっくりと庄司に近付き、榊を片手に持ちかえると空いた片手で庄司の頭を撫でた。
呆然とした顔の庄司、眩しそうな顔をした先輩と呼ばれた男。
沈んできた夕日が山の間を抜けたのか瞬間的に朱色の光が二人の差しこんできた。やけに特別な間柄を演出しているようなシルエットが僕の目に映し出された。

先輩と呼ばれた男は何も言わずくるりと振り向き、もともと向かっていた墓地へと続く道を静かに歩き出した。
歩幅が大きい訳でも早足に歩いているわけでもないのになぜかその背中が急速に遠ざかって行くので、あわてて庄司が追いかけていった。
僕も追いかけていいものかと悩んだけれど、二人が消えていく道がとても暗くなってきていることに気付いて後を追いかけることにした。
空気が冷たい。手にかいたどんどん汗が冷たくなって温度を奪っていく。自分の靴の底が砂利を踏みつける音が大きく響いていた。
段上に広がっていく墓地は、年々高くなっていくのか、傾斜がきつくなっていく。そのきつい階段をものともせず駆け上がる庄司の白いシャツを着た背中が見えた。
暗くて階段が見えないから、庄司が天に向かって昇っていくような錯覚におちいった。

 

文字数:609

書いた時期:171118